最近はハワイでもカードやスマホ決済が主流になり、「現金は一切いらない」という情報をよく見かけます。
確かに便利ですし、電子決済には「お店側が働くスタッフのチップをごまかす」といった不正を防ぎ、正当に分配されるというメリットもあります。
ですが、あえて現金を使って返ってきた25¢硬貨(クォーター)を確かめてみてください。そこには、一般的な観光ガイドには載らないハワイの歴史が刻まれています。
アメリカでは2022年から2025年にかけて、歴史に影響を与えた女性たちを25¢硬貨の裏面に刻むプロジェクト「American Women Quarters」が実施されました。その一環として2023年に発行されたのが、ハワイの文化を繋いだ一人の女性のコインです。
お釣りの中に混ざる1枚のコインから、ハワイ王国が辿った文化の歴史を追いかけてみましょう。
コインに刻まれた「EDITH KANAKAʻOLE」という人物
手に入れた25¢硬貨の裏面に、風に髪をなびかせ、レイ・ポオ(頭に飾るレイ)を身につけた女性が描かれていたら、それがEdith Kanakaʻole(エディス・カナカオレ)です。
ハワイ島ヒロ出身の彼女は、ハワイの伝統文化である「フラ」と、文字を持たなかったハワイアンの歴史を口承で伝える「チャント(詠唱)」の権威であり、伝説的なクムフラ(フラの師匠)です。
現代の私たちが目にする神聖なフラは、彼女たちの世代が途切れさせずに次世代へ繋いできた努力の結実と言われています。
53年間つづいた「法律上のフラ禁止令」と取り締まりの実態
一般的に「フラは古くから大切に踊り継がれてきた」と紹介されがちですが、実際には半世紀以上にわたり、法律上で公式に禁止されていた時代が存在します。
摂政「クヒナ・ヌイ」カアフマヌと禁止令
1819年にカメハメハ1世が他界した後、若きカメハメハ2世や、わずか11歳で即位したカメハメハ3世を支え、共同統治者として実権を握っていたのが、摂政(ハワイ語でKuhina Nui / クヒナ・ヌイ)のカアフマヌ王妃でした。
1820年にやってきたアメリカのキリスト教宣教師たちの影響を強く受けた彼女は、1830年に法律でフラを全面的に禁止します。
しかし、1832年にカアフマヌが死去すると、この禁止令は徐々に形骸化していきました。法律上は撤回されないまま残ったものの、人々は水面下でひそかにフラを踊り続け、1870年頃には一部の地域で規制緩和が進むなど、なし崩し的に表舞台へと滲み出ていくことになります。
カラカウア王による53年ぶりの公式復活
この「法律上の禁止令」が出されてから53年後の1883年、歴史の表舞台へと正式に引き戻したのが、第7代国王デイビッド・カラカウアです。
アメリカからの政治的・経済的圧力が強まる中、彼は「ハワイアンの文化と誇りを取り戻さなければならない」という強い危機感を抱いていました。そして自身の戴冠式において、周囲の反対を押し切り、公の場で3日間にわたるフラの公演を行って堂々と復活を宣言します。彼が「メリー・モナーク(陽気な君主)」と呼ばれる背景には、文化のアイデンティティを取り戻したこの決断がありました。
ハワイアン・ルネサンスとコインに刻まれたハワイ語
カラカウア王が繋いだバトンを受け取り、1970年代の「ハワイアン・ルネサンス(文化復興運動)」の中でフラを体系化し、現代へ蘇らせたのがエディス・カナカオレでした。
フラは祈りや感謝の儀式であると同時に、文字を持たなかったハワイアンにとって土地の歴史や自然の理を後世へ伝える「記録」であり「学問」のような側面も持っています。彼女は秘密裏に受け継がれていた古代のチャントや歴史を、大学の教壇やステージで公開し、次の世代へ継承しました。
コインの下部に刻まれたハワイ語に、彼女の信念が現れています。
“E hō mai ka ʻike”(エ ホー マイ カ イケ)
公式には「知恵を授けたまえ(granting the wisdom)」と訳される、神聖なチャントの一節です。自然を敬い、歴史を学ぶための姿勢が、この硬貨に刻まれています。
観光のお土産にはない文脈
ハワイ島ヒロで開催されるフラの最高峰競技会「メリー・モナーク・フェスティバル」。その会場スタジアムに彼女の名前(Edith Kanakaʻole Multi-Purpose Stadium)が冠されている通り、彼女はハワイの英雄として称えられています。
2023年限定で発行されたこの25¢硬貨は、売られているグッズとは異なり、決済能力を持ちながら「禁止令を乗り越え、現代へ繋がれたフラの歴史」そのものを物語っています。
滞在中、お釣りの中にこのデザインを見つけた場合、使わずに手元に残しておくのも面白い選択です。
キャッシュレスの便利さと、現金が持つ「自由」
時代や国家の波にどれだけ管理されそうになっても、自らの誇りと文化を手放さなかったハワイアンたち。彼らの魂が、アメリカの法定通貨である「25¢硬貨」に刻まれていることには、歴史の深い重みを感じます。
さらに、このコインにはすべてのアメリカの25¢硬貨に共通して刻まれている、ラテン語の国家モットー「E PLURIBUS UNUM(多数から一つへ)」の文字もあります。世界中から多様な人々が集まって一つの国となったアメリカの精神を表す言葉ですが、ハワイの独自の文化を絶やさず守り抜いたクム(フラの師匠)の功績が、この言葉と共に国家の硬貨に刻まれていることには、また深い歴史の重みを感じずにはいられません。
どこで何を買ったかを誰にも追跡されない「現金(キャッシュ)」は、個人の自由の象徴という側面も持っています。このまま管理社会のシステム化が徹底されていったら、将来はAIに「あいつはチップを払わない客だ」なんて判定される日が来るかもしれません(笑)。
ハワイのプレートランチ店や個人商店で買い物をする際、あえて現金を使ってみる。返ってきたお釣りを確かめるという行為自体が、ハワイの構造と歴史に直接触れる小さなきっかけになります。

